東京・恵比寿の「see you gallery」での、写真家・吉田瑛摩さんによる写真展「SANCTUARY」。
会場に展示されたのは、仔馬たちが無邪気にじゃれ合う姿や、親子馬の愛情あふれるひととき、力強く疾走する馬たちの姿をとらえた写真の数々。希少な血統「パールシークレット」の交配から子の誕生まで、これまで公開されることのなかった貴重な瞬間を記録した初公開作品も展示され、一頭一頭の生の営みと、その先に続く馬たちの来歴をたどる写真展となっています。
今回は吉田さんに、「SANCTUARY」の制作背景や、作品にかける思い、写真を通じた「馬と人との共生」などについて、詳しく伺いました。
美しい馬たちの姿を残したい──馬術指導や調教の傍ら、写真の道へ

―― 中学生時代に乗馬をはじめ、以降馬術の指導・調教などに携わってきた吉田さん。馬に関わる仕事に就こうと思われたきっかけについて教えてください。
乗馬を始めたのは、大学の馬術部で知り合った、馬好きの両親の勧めでした。中高時代は馬術に打ち込み、試合に出たりもしていましたが、当時は特に馬に関わる仕事に就きたいとは考えておらず、趣味として続けられたらと考えていました。
ところが、そんなある日、突然、父が引退競走馬を購入したんです。はじめの数年間は、当時住んでいた仙台市内の乗馬クラブに預けながら、家族で馬の面倒を見ていましたが、そのうちに父が「乗馬クラブを始めたい」と言い出して。私たち家族は仙台の中でも栄えている街なかに住んでいて、馬を飼えるような環境ではなかったので、より自然のある田舎のほうへ引っ越すことになったのですが、私にはかなり抵抗感があったんです。けれど父が「それなら馬たちは売るよ」と言ったのを聞いて、やはりついていくしかないと思い直し、私も乗馬クラブの仕事に携わることになりました。
仕事をする中で、馬に乗ることと馬たちを調教することとは、まるで別物だということを知りました。わからないなりに懸命に取り組んでいたけれど、答え合わせをするためにもドイツへ渡り、本格的に調教について勉強して。帰国後は、ドイツで学んだことを実践で確認しながら、インストラクターの資格を取得したり、競技会にも出場し、現在に至ります。
―― 吉田さんの勤める乗馬クラブ「えにしホースパーク」では、20年ほど前にウェディングフォト事業をスタートされ、現在まで好評を博しています。こちらの事業は、どのようなきっかけでスタートされたのでしょうか。
私が留学していたドイツをはじめ、海外では、ドレスなどの華やかな衣装をまとって馬と写真を撮っている人をよく見かけたのですが、当時の日本ではあまり扱われていなくて。「私もこんなウェディングフォトを撮りたい」と思ったことをきっかけに、外部からカメラマンを招き、私は馬や人物のポージングや衣装などのプロデュースを担う形で、ウェディングフォト・ロケーションフォト事業を開始しました。
当時の私は、走れなくなった馬の活躍の場も探していたのですが、そこで走れなくなった馬でも活躍できるウエディング事業を思いつきました。プロデュースの経験もなければ、表現者として活動していたわけでもなかったのですが、「馬の姿をアートとして残したい」という気持ちは、とても強く持っていたように思います。
―― ウェディングフォト事業のカメラマンは他の方が担当されていたとのことですが、吉田さんご自身が馬たちの写真を撮るようになったのは、いつ頃でしたか?
ウェディングフォトのプロデュースをしながら「私も撮ってみたい」という想いはずっと持っていたのですが、馬の仕事が忙しいから無理だろうと思っていて。けれど、毎日馬たちと接しているうちに「この美しさを多くの人に見て欲しい」という想いがどんどん強くなっていって、思い切って自分で撮影するようになったのが、4年ほど前のことです。

―― 写真については独学だそうですね。どのように技術を身につけていかれたのでしょう。
カメラマンの知人が多くいたこともあって、機材や操作については、彼らからアドバイスをもらうことができました。ただ、構図や撮り方については、自分がウェディングフォト事業でプロデュースやモデルを経験していたこともあって、ある程度感覚を養うことができていたように思います。
―― 吉田さんの作品は、写真によってスタイルやタッチが大きく異なりますが、機材もいくつか使い分けているのでしょうか? 普段、どのようなことを意識しながら撮影していますか。
今回の展示で主に使用しているのはCanonのEOS 5D MarkⅣと、ミラーレスカメラ・EOS RPです。「SANCTUARY」で展示されている写真でいうと、雪の上にいるポニーの写真は、例外的にNikonのコンデジ・COOLPIX Aで撮影していますね。どの機材を使うかという判断は感覚的なものなので、うまく説明することができないのですが、基本的に馬の姿というのは一瞬を逃さずに撮影する必要があるので、シャッターの反応がスムーズな一眼レフを選ぶことが多いです。
写真のタッチについては、被写体となる馬たちから受け取る空気感に応じて決めています。例えば、パールシークレットが交配している写真は力強さが感じられるように、親子馬をとらえた写真は優しさが感じられる色調に、というような感じです。

―― 馬を被写体とする上で、気をつけていることはありますか。
まず、どのようなシチュエーションだったとしても、ライティングなどの人工物を使用しないこと。自然光のもとで撮影するようにしていますし、馬たちの何かを制御したり、無理をさせることはないようにしています。それから、馬たちに心を開いてもらうために、自分自身がリラックスして撮影に臨むことも、日頃意識していることですね。
馬を生かすために撮った写真が、彼らの存在を永遠にする
―― 今回の展示「SANCTUARY」は、いつ頃から構想されていましたか?
「see you gallery」をご紹介いただき、展示についてお話させていただいたのが今年の2月初旬だったと思うのですが、そのときには昨年開催した初個展「Timeless」と同じ内容の写真展にしようかと考えていました。何か新しい作品を追加したほうがいいとは思ったのですが、短期間で作品を制作する自信がもてなかったんです。
けれどそのすぐ後、「Timeless」がきっかけで撮影依頼をいただいていた北海道の「大狩部牧場」を訪れたとき、2月が仔馬の生まれる時期だったということもあって、仔馬たちをたくさん撮影する機会に恵まれて、前向きなエネルギーを感じて。さらに3月から6月にかけて撮影を重ねていくと、パールシークレットの交配や、大狩部牧場が“強い馬”を残していくために尽力されていること、そして生産から引退後の馬生まで引っくるめて馬たちのお世話をされていることを知り、自分の中で展示で伝えるべき内容が明確になっていきました。

―― 馬を生産する牧場が、競走馬として引退したあとのケアまで担うというのは、やはり珍しいケースなのでしょうか。
そうですね。あまり馬に馴染みのない方でも、競走馬たちがオークションで億単位で取引されているニュースを目にしたことがあると思いますが、購入された馬が引退後まで面倒をみてもらえることはほとんどなく、大抵の場合は乗馬クラブなどに引き渡されています。もっといえば、出走前に調子が悪くなったという理由で、サラブレッドが処分されてしまうこともあるんです。
私も、実際に乗馬クラブで引退馬を受け入れてきた経験がありますし、競走馬としてクタクタになるまでがんばってきた馬に乗馬クラブで働いてもらう、という構造に、ずっとフラストレーションを抱えていました。そんな中で大狩部牧場さんのご活動を知り、生産から生涯を終えるまで見守る牧場のあり方というのを、ぜひ世の中に広めたいと思ったんです。私の作品が、その一助になれたらと。
―― 馬との共生という観点において、写真として貢献できる点はなんだと思われますか。
馬というのは、基本的には、人が乗ることができなければ養えない動物です。維持にも大変なお金がかかりますし、寿命も平均25年ほどありますから、働けなくなった馬をどうするべきかというのは社会問題になっていて、私自身も深く考えてきました。その上で「馬本来の美しさを写真に収め、販売することで、引退した元競走馬たちの飼養費に貢献できるのでは」と思ったことが、現在の活動につながっています。今では、作品や写真集の販売のほかに、競馬場で走る馬たちのグッズを販売したりもしていますが、その売上金を引退馬の支援に使用しています。
それから、写真には、個々の馬を無名のままにしない訴求力があると思っていて。基本的に、出走することが決まった馬しか、名前は発表されません。例えば、今回「シンギュラチャーム2026」という馬を撮影していますが、もちろんこれは正式な名前ではないんです。けれど、こうした名前もまだない仔馬のうちに写真を撮って世に見てもらうことで、早い段階から個体を知ってもらい、応援してもらうことができます。それが馬たちの命を守ることにもつながるのでは、と考えています。

―― 吉田さんは、写真を通じて、馬たちの生きた証を残しているようにも感じられます。
そうですね。「We Are One」という、仔馬が2匹重なったように写っている作品がありますが、奥にいる「ブルトンクール2026」という馬は、今年病気で亡くなってしまったんです。
大狩部牧場はYouTubeで馬の様子をほぼノーカットで配信しているのですが、動画を通じてブルトンクール2026を生まれた瞬間から見守ってきた視聴者の方々は、訃報にとても心を痛めていました。写真展に在廊していた際にも、来場者の方々とその話題になり、「悲しくて、もうブルトンクールちびちゃんの動画が見られなくなってしまった」というお声も聞きました。私も馬を亡くしたときに同じ気持ちを抱えたことがありますし、とても共感できるのですが、それでも私は、思い出してあげることが生命へのリスペクトだと思っているんです。写真の中で彼らを輝かせたいし、亡くなったあとも、写真の中で生かし続けたい。それが私の写真の到達点かもしれません。
ちょうどきょう「ブルトンクールちびちゃんの写っている動画が見られなくなってしまった」とお話していた方からお便りをいただいたのですが、そこには「吉田さんの作品の中で、ブルトンクールは永遠に生き続けるんですね、輝いている姿がいつでも写真集の中で見ることができ、うれしく思います」と書かれていました。この言葉を受け取ったとき、本当にうれしくて。馬好きの方は、馬が亡くなった悲しみから馬の世界を離れてしまうことも多いけれど、できることなら、馬たちのためにもずっと好きでいて欲しい。私の作品でその方の気持ちを癒すことができ、つなぎとめられたことが、とてもありがたかったです。

写真展は、作家と鑑賞者が“秘密の会話”を交わすサンクチュアリ

―― 展示タイトルの「SANCTUARY」には、どのような意味や想いが込められていますか?
今回、パールシークレットの交配を特別に撮影させてもらいましたが、生産者の方が「ここは聖域ですから、誰でも入れる場所じゃないんです」とおっしゃっていました。もちろん一般には公開されていませんし、馬の仕事をしていたとしてもなかなか足を踏み入れることはできない場です。私もサラブレッドの種牡馬の交配を初めて撮影しましたが、馬に対しても生産者の方々に対しても「クリエイターだ、創造主だ」と感じたんです。このときの感覚が、タイトルの「SANCTUARY(聖域)」につながっています。
普段馬に乗るときに、手綱の握り方やシートの感覚などを通じて馬と綿密なコミュニケーションを取りますが、その「馬と人との秘密の会話」にも、私は神聖なものを感じています。今回の会場となった「see you gallery」が静謐なギャラリーだということもあって、「SANCTUARY」はぴったりのタイトルだと思いました。
―― 展示の構成は、吉田さんがお一人でされましたか?
基本的には自分一人で構想しましたが、ギャラリーファウンダーの黒田さんに、額装などの助言をいただきました。私は基本的に宮城で馬の仕事をしていますから、あまり頻繁に現地へ伺えなかったので、ギャラリーの方々や、印刷と額装をしてくださった東北カラーデュープの皆さんの助けも借りながら展示づくりをしていきました。
―― 写真展や写真集に収録する写真は、どのような基準でセレクトしていきましたか?
まずはじめに、写真展に飾る写真からセレクトしていきました。自分が「絶対に外したくない」と思うお気に入りの写真を選んでいき、残念ながら展示しきれなかった写真を写真集に収録した、という感じです。
―― 展示写真の配置も印象的でした。とくに、物販へ続く通路のような奥まった空間にパールシークレットの交配シーンを収めた写真が飾られているのには、まさに「聖域」を覗き込むような背徳感がありました。
入ってすぐのメインの空間には、土埃や馬たちの蹄の音まで聞こえてきそうな、躍動感ある写真をダイナミックにプリントして展示しました。これには、馬たちが疾走する場に行けない方々にも、そのエネルギーが伝わるのではないかという狙いがあります。
交配の写真を奥に配置したのには、こういったシーンの写真は一般に公開されていないということもあって、表立った場所で見ることに抵抗を感じる方もいるのではないかと思ったからです。だからこそ、あえて隠れた場所に配置することで、作品の魅力が引き立つのではないか、と。個人的に、交配に対しては「血をつないでいく」という儀式的なものを感じますし、おっしゃる通り聖域で行われていることですから、この奥まった空間がぴったりだと思いました。

―― 写真集デザインはオフィスカドグラフィカ株式会社、制作はANALOGに依頼され、かなりクオリティが高く重厚なものに仕上げられている印象でしたが、写真集の制作はどのように行われましたか?
写真集の制作は、ちょっとした行き違いがあって、着手するのがギリギリになってしまったんです。なので、10年ほど前からの知り合いで、私の馬に対する想いや好みをよく理解してくれている、信頼できるデザイナーさんにデザインを依頼しました。表紙の箔押し、余白や写真のサイズなどの内容に至るまで、たくさん提案いただきながら制作してくださり、写真集の綴じ方、持ったときの感覚、印象などはANALOGさんにアドバイスいただきました。色も内容も最終的にはとても満足のいく一冊に仕上がりました。

―― 最後に、Web上で気軽に写真作品が鑑賞できるようになった現代において、実空間の写真展で作品を見せることにはどのような価値があると思うか、吉田さんにとっての展示の意義とは何か、教えてください。
スマホやパソコンなどのモニターを通じて写真を見たとき、とくに心を動かされなかったとしても、それが紙に印刷された途端、涙が出そうになってしまうことがあります。自分で撮った写真でも、印刷されたものを見ると、馬のエネルギーを感じて泣いてしまう。写真展「Timeless」を開催したときにも、来場くださった方々から同じように「泣いてしまいました」という感想をいただくことがあって、写真を紙に起こすことによって“存在”となり、心や脳に与える影響が変わるのではないかと思いました。
自宅などの“自分の空間”で画面越しに写真を見るだけでなく、作家が展示している場を訪れて、そこで写真と対峙するからこそ、その作品に没入できるというのも大きいと思います。作家の意図と鑑賞者の汲み取った意図は違うかもしれないけれど、その作品から何かを感じて、呼応するということ。その感覚は唯一無二で、すごく非日常的。写真展もまた、作家と鑑賞者が「秘密の会話」をする、サンクチュアリなのかもしれません。

Information
EXHIBITION
SANCTUARY
会期:2026年10月11日(日) – 10月26日(月)
営業時間:13:00 – 20:00 (火水休館日・入場無料)
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
主催:see you gallery
SNS:instagram.com/seeyougallery/
お問い合わせ先:contact@seeyougallery.com
メール対応時間 10:00 – 19:00(弊社休日を除く)


