永田拓也 展示との対話「ささやかなものたち」|Dialogue in see you gallery

Sep. 05. 2025

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2025年8月21日(木)から9月7日(日)まで、写真家・永田拓也さんによる個展「ささやかなものたち / Inconsequential Things」が、東京・恵比寿の「see you gallery」にて開催中です。

この10年のなかでレンズを向けるものや被写体に対するまなざしが変化したとふりかえる永田さん。会場内には、現在の永田さんの生活にあふれる「ささやかなものたち」が、かつての日常の風景とともに展示されています。

今回は永田さんに、ZINEと展示の制作背景や、ご家族の存在によって変わったご自身の生活や価値観、それに伴う私写真の移り変わりについて、詳しくお話を伺いました。

Takuya Nagata

Photographer

1988年、大阪府生まれ。2014年より蓮井元彦氏に師事し、2017年に独立。2019年よりWに所属。ポートレートを中心に、ファッション、エディトリアル、アーティスト撮影など幅広く活動している。

写真家・永田拓也の誕生と写真への意識

―― 2014年より蓮井元彦さんに師事し、2017年に独立された永田さん。フォトグラファーを志したきっかけについて教えてください。

カメラ自体は、大学生の頃から趣味程度でさわっていたのですが、その頃からフォトグラファーになりたいと考えていたわけではなく、卒業後は大手アパレル企業に就職しました。入社前は本部で商品の企画などを担当したいと思っていたのですが、会社の方針で、新入社員は店舗勤務をしなくてはならなくて。いきなり北海道の店舗に配属され、見知らぬ土地で遊ぶ相手もおらず、休日はひたすら道内をドライブしては風景写真を撮影していたんです。

当時、とある企業がSNS上でフォトコンテストを開催していて、撮り溜めていた風景写真を何気なく応募してみたところ、運良く受賞することができました。賞金もいただいて、「もしかして写真で生きていけるかもしれない」と、勢いで会社を辞めました(笑)。今思うと無謀だったかもしれないけれど、あのときの衝動がなければ今の自分はいなかったと思います。

―― 当時から秀でた才能をお持ちだったんですね!

いえいえ。今見てみると、私が撮ったとは思えないくらい、コントラストの強いギラギラした写真なんですよ(笑)。会社を辞めたあとに入った制作会社でライティングやレタッチにといった実務系のことを学んだり、蓮井さんのもとで技術だけでなく、写真への向き合い方などの写真の本質の部分を学んだりして、少しずつ「自分の写真」というものができていったのかな、と思います。

―― 独立後は、クライアントワークでご活躍される一方で、ZINEをはじめとしたパーソナルワークもコンスタントに発表されていますよね。お仕事の写真と私写真とでは、意識的に違いをもたせていますか?

クライアントワークと私写真とでは、確かに意識的な違いはあります。広告や雑誌の仕事では、クライアントの意図やブランドのメッセージを第一に考え、視覚的に訴求力のある写真を撮ることを心がけています。そこでは、明確な目的やターゲットに合わせて、構成やライティングを緻密に調整します。一方、私写真では、自分の内面や直感を優先します。作為的な演出は最小限に抑え、日常の中で感じた「何か」をそのまま切り取ることに重きを置いています。

ただ、つながりがないわけではありません。クライアントワークでも、被写体の本質や「らしさ」を引き出すという私の姿勢は変わらない。たとえば、ポートレートを撮る際、商業写真でもその人の自然な表情や空気感を大切にしたいという思いは、私写真と同じです。仕事で得た技術や視点がパーソナルな作品に活きることもあれば、逆に私写真で試した表現が商業仕事に新しいアイデアをもたらすこともあります。この2つは、互いに影響し合いながら、私の写真家としての軸を形作っていると感じます。

生活とともに変化した、レンズを向けるもの

―― 今回の展示のステートメントでは、かつてのご自身の写真について「攻撃的で荒々しい」と振り返られていましたね。ZINE「ささやかなものたち」でも、酩酊状態でうなだれるサラリーマンの姿など、夜の街のセンセーショナルな姿をとらえた写真が収録されていましたが、これはその当時に撮られたものですか?

今回はZINE・展示の両方に、最近撮った写真とずいぶん昔に撮った写真を使っています。夜の街を撮影していたのは主にアシスタント時代で、日中は現場に行き、終わるとアルバイト先に出勤していたような頃です。ほとんど寝ずに働いて、退勤したらコンビニでストロング缶を買って一気に飲んで、まるでストレスを発散させるように酔い潰れた人の姿をとらえていました。反骨精神の矛先というか、吐口になってしまっていたのかもしれません。

当時の私を知っている人からは、最近の私について「丸くなったね」なんて言われます。自分でも、あの頃の自分は尖っていたというか、全体的に鋭かったような気がしますね。

―― 肉体的にも精神的にも大変な時期だったのですね。永田さんの視点や価値観が変化したのには、やはりご家族の誕生が大きく関わっているのでしょうか。

そうですね。まず、現在の妻の存在が大きかったと思います。彼女はヘアメイクで、お互いのアシスタント時代に出会ったのですが、パートナーができるということが、自分にとって心の安定につながったと思っています。

彼女とは独立のタイミングも同じで、その数年後に結婚したのですが、娘が生まれたことで、生活はさらに大きく変化しました。仕事柄、2人とも夜型だったのですが、娘を9時に寝かしつけて朝4時に起きるような生活になり、日常そのものがガラリと変わったんです。その影響で、自ずと目を向けるものも変化していきました。夜の街を出歩くことはほとんどなくなりましたし、朝に娘を連れて散歩に出かけるようになったりして……。

―― たしかに、永田さんの写真のタッチ自体は変わらないけれど、とらえるものがとても変化しているように感じますね。「ささやかなものたち」というタイトルにも、その想いが込められているのでしょうか。

「ささやかなもの」というのは、ネガティブにいえば「つまらないもの」「取るに足らないもの」でもあるんですが、私自身が、派手で作為的なものよりも、日常のすごく身近なところにあるありふれたものに、心を動かされるようになったんですよね。道端の草花のような、今までの私の日常のなかにも確実にあったはずなのに、目を向けなかったささやかなもの。ZINEや展示を観てくださった方にも、日常の一瞬一瞬を大切にしてもらえたらいいなと思い、このタイトルをつけました。

日常や記憶の断片を追体験させることで、来場者の心にリンクする

―― これまでにZINE作品は定期的にリリースされていた一方で、個展は今回が初開催ということですが、これまで開催されてこなかったのには何か理由があったのでしょうか?

私がZINE作品を発表するようになったのは、代田橋にある書店「flotsam books」が毎年開催している「ZINES TOUR」に参加するようになったからだったのですが、最初は印刷所を使うこともなく、コンビニにコピー機でプリントして自分で製本するような形で、ZINEを手づくりしていたんです。もともと紙媒体というものが好きでしたし、手作業でものをつくるというのが好きだったこともあって、自分でも楽しみながら取り組んでいました。

展示自体にはもともと興味はあったのですが、自分のなかで、もっと強いコンセプトやテーマが必要だと感じていました。自分の中で「これだ」と思える軸が定まらず、踏み切れなかったんです。今回は、過去10年のスナップを集成したZINEの完成と展示の機会が重なった。今なら自分の写真を展示という空間で共有できると思い、初の個展に挑戦しました。

―― ZINEと展示では、セレクトされている写真や、作品の色合いや質感なども異なり、二重の楽しみ方ができるようになっていますよね。紙や印刷へのこだわりについて教えてください。

今回は、ZINEと展示とで、依頼した印刷所が違うんです。ZINEはプリンティングディレクターがいらっしゃる「藤原印刷」さんにお願いしていて、写真に合わせた紙や色合いを相談させてもらいました。こちらは全体的にやわらかい質感で、やさしい印象に仕上がっていると思います。

展示の額装作品のほうはまた別のところにお願いしたのですが、ZINEに比べもう少しコントラストが強めというか、もう少しはっきりした雰囲気になっています。こちらは私の心象風景や生活の断片のように見せたかったので、写真もそれを軸に置いてセレクトしました。展示空間は全体的に、私の記憶の断片を追体験してもらえるように構成しています。

―― 娘さんのらくがきが置かれた通路を抜け、何枚ものフィルム写真が詰め込まれた箱が設置された奥の部屋へとたどり着く構成も、どんどん永田さんの内面に近づいていくように感じられました。

ありがとうございます。箱のなかに入っている大量の写真を、来場者の方が実際に手に取って鑑賞するというアイデアは、私が写真を見て記憶にふれているときの体験を、みなさんにも味わっていただけるかと思い採用しました。なかには、作品にするつもりもなかった娘の写真だとか、昔記念写真として撮ったもの、うまく撮れていない失敗作のようなものもあるんですが、そういった完璧じゃない、取るに足らない写真も見てもらうことで「生きるって、こういう瞬間が積み重なることなんだ」と感じてもらえたら嬉しいなと思っています。

―― 最後に、永田さんが思う作品を実空間で展示することの価値や意義について聞かせてください。今回実際に個展を初開催されてみて、いかがでしたか?

これまで、ZINEやSNSを通じて一方向に作品の発信をしてきた私にとって、初の個展は、自分の内面をそっと開き、鑑賞者と対話するような初めての体験でした。来場者の方々が写真を手に取り、じっくりと眺める姿や、その場で交わされる言葉に触れるたび、実空間での展示は、写真が単なるイメージではなく、空間や空気感とともに「体験」として共有できる場だと再認識することができました。

尖った眼差しで切り取っていた世界から、生活や環境の変化を経て、日常のささやかな瞬間に心を動かされるものへと変わった私の10年間の歩みが、この展示で一つの形になった気がします。来場者の方々にその一瞬一瞬を追体験してもらう中で、「ささやかなものたち」の普遍的な力を、私自身が改めて見つめ直すことができました。写真を通じて自分の心と向き合い、誰かの心に寄り添う可能性に触れられたのは、展示ならではの喜びでした。

Information

EXHIBITION

ささやかなものたち
会期:2025年8月21日(木) – 9月7日(日)
営業時間:12:00 – 20:00 (会期中無休、入場無料)
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
主催:see you gallery
ディレクション:J.K.Wang
SNS:instagram.com/seeyougallery/
お問い合わせ先:contact@seeyougallery.com
メール対応時間 10:00 – 19:00(弊社休日を除く)

※スペースの関係上、お祝い花はお断りさせていただいております。


by Takuya Nagata

永田拓也 展示との対話「ささやかなものたち」|Dialogue in see you gallery

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